監察医であり、数々の書籍を出版されている上野正彦先生の著書「死体は悲しい愛を語る」の中に、
数年前に結婚したという老夫婦がほぼ同時刻に亡くなったというお話が掲載されています。
このご夫婦の死の真相と上野先生の鑑定結果とは異なってしまった裁判の判決についてご紹介したいと思います。
上野先生は書籍の中で、夫婦がほぼ同時刻に亡くなり、検視を依頼される例は比較的多いと語っています。
Contents
ほぼ同時刻に亡くなった老夫婦の死の真実とは
老夫婦二人の馴れ初め
とある街に高齢でありながらも、数年前に結婚したとう老夫婦が暮らしていました。
この二人の馴れ初めは、お互い同じアパートに別々の部屋に暮らしており、カーテンや窓の開け閉めの時などに、
顔を合わせることが頻繁にあったことから、話をするようになったと言うことです。
おばあさんの方は、子供も夫もいなく身寄りと言えば、姉妹があと二人いたくらいだったようで、
おじいさんの方は妻に先立たれ、一人息子も大きくなって独立していったとのこと。
お互い独り身だったので、なんとなく話をするうちに同棲するようになり、数年前に籍を入れたとのことです。
幸せに暮らしていたある日
おじいさんはお風呂に入ったおばあさんが、少しだけ戻ってくるのが遅いなと感じました。
おじいさん自身も体に少し不自由な部分を抱えていましたが、おばあさんの様子をお風呂場に身に行きました。
嫌な予感は的中するもので、やはりおばあさんが、洗い場で倒れていました。
おじいさんは、慌てふためいて、はだかのおばあさんを夢中で救助し、リビングまで引っ張ってきました。
するとおじいさんも激しい動きをしたのと、精神的なショックが大きかたったのとが相まって、心臓発作で亡くなってしまいます。
おじいさんは裸のおばあさんを抱え込んだまま、亡くなってしまいました。
死因と同じくらい大事な「死亡推定時刻」
上野先生はさっそく呼ばれ、検視をしました。
まず死亡推定時刻を推測します。
殺人事件の時は、容疑者のアリバイが死亡推定時刻と合致するかしないかが、犯人逮捕の重要な要素の一つだからです。
そもそもおばあさんは本当に先に亡くなったのか?
遺体の状況を整理すると、おばあさんのお腹から胸にかけて2本のひっかき傷がありました。
そのひっかき傷はおそらくおじいさんがおばあさんを救助する時に、慌ててひっかいてしまったものだと推定されました。
おばあさんの2本の傷には皮下出血がともなっていませんでした。
これは生体反応が亡くなった後の傷、すなわちおばあさんの亡くなった後にできた傷だということ。
おじいさんが亡くなったおばあさんにつけた傷だから、おばあさんは完全におじいさんより先に亡くなっていたと言うことです。
上野先生が下した「死亡推定時刻」
では、上野先生はおばあさんとおじいさんの死亡推定時刻をどのように算定したのか。
上野先生は、お風呂の様子がおかしいと気づき、おじいさんがおばあさんの様子を見に行き、倒れているおばあさんをリビングまで引っ張て来た時間を想像してみました。
恐らく長くてもせいぜい30分。
上野先生はおばあさんの死亡推定時刻を記入し、その30分後をおじいさんの死亡推定時刻とし、死体検案書を作成しました。
「死亡推定時刻30分の違い」が裁判沙汰に
ところが、半年ほどすると、上野先生のところにとある弁護士から連絡が来ました。
半年前に検死したこの二人の老夫婦のことでした。
とくに事件性もなく、鑑定結果に間違いはないはず
上野先生は不審に思い、その弁護士の話の続きを聞きました。
弁護士は、この死亡推定時刻30分の差が問題になっているのだと言います。
弁護士の「どうして死亡時刻に30分の差をつけたのですか」という問いに、上野先生は死体検案書どおりの説明をまた繰り返しました。
上野先生は「どうして夫婦なのに、そのような争いがおきているのですか」と質問し返します。
遺産相続のからくり
おばあさんは実はかなりの資産家でした。
遺産というのは先に亡くなった方の遺産が、残った方へと相続されます。
この場合、おばあさんが先に亡くなったので、おばあさんの遺産がおじいさんへと相続されたことになります。
しかし、おじいさんも間もなくして亡くなったので、おじいさんに相続されたおばあさんの遺産は、おじいさんの一人息子へと相続されます。
したがって、おばあさんの二人の姉妹にはおばあさんの遺産は相続されないということになります。
本来であれば、おばあさんの遺産は二人の姉妹に相続されるべきであったが、全く赤の他人のおじいさんの一人息子へ転がりこむことになってしまいました。
そこでおばあさんの二人の姉妹が、訴訟を起こしたとのことでした。
その弁護士は「もう一度きちんとした死亡時刻を鑑定してほしい」との依頼を、上野先生にしてきました。
しかし、上野先生は鑑定結果、すなわち事実を捻じ曲げることはできないと思いました。
上野先生の監察医という仕事は、死体が語ることを代弁してあげることが最大かつ絶対の条件だからでした。
上野先生は同じ説明を書いて、再鑑定書を裁判所に提出しました。
驚きの裁判の判決
裁判の判決を聞いて、上野先生は驚いたと同時に、ほっとした気持ちになりました。
判決は「夫婦は同時刻に死亡した」という判決でした。
つまり、理論上は違うが、夫婦同時に死亡したという判決にすることにより、おじいさんの一人息子にも、おばあさんの二人の姉妹にも遺産の相続が分配されることになります。
事実と裁判の結果が違ってもかまわないのです。
この場合、二人同時刻に亡くなったこととし、和解するのが最上の結論と裁判所は位置づけたのでした。
ほぼ同時刻に死亡した老夫婦の死の真相と驚愕の結末とは!?のまとめ
以上、監察医である上野正彦先生の「死体は悲しい愛を語る」より、老夫婦がほぼ同時刻に亡くなったというお話をご紹介しました。
老いて新しい夫婦の形を見つけ、幸せに暮らしていた二人ですから、残された自分たちの身内が争うことなど願ってはいないはずです。
上野先生と同じように、おじいさんとおばあさんも天国でほっとしているでしょう。
元東京都監察医医務院長・医学博士。
1929年茨木県生まれ。
東邦医科大学卒業後、日本大学医学部法医学教室に入室。
59年東京都監察医務院監察医となり、84年に院長となる。
30年にもわたり、変死体の死因解明に努め、浅沼稲次郎事件、三河島列車二重衝突事故、ホテルニュージャパン火災、日航機羽田沖墜落事件などを担当。
2万件以上の検視と解剖を行う。
89年東京都監察医務院退官後に出版した「死体は語る」(時事通信社)は65万部を超える大ベストセラーとなった。
現在は法医学評論家、作家としてテレビや雑誌などで活躍するとともに、死体の再鑑定を年間300件以上請け負っており、度々逆転裁判を勝ち取っている。
これらは「上野鑑定」と言う言葉が生まれるほどの実績を残している。
ー主な著書 ー「死体鑑定医の告白」(東京書籍)、 「死体は切なく語る」(小社刊)、「監察医の涙」(ポプラ社)、「監察医が書いた死体の教科書」(朝日新聞出版社)など多数。
