監察医であり、数々の書籍を出版されている上野正彦先生の「死体鑑定医の告白」より、
アメリカロサンゼルスのホテルから転落した日本人男性の死の真相をご紹介したいと思います。
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事件の発端・アメリカの大都会・ロサンゼルスにて
一人の40代の日本人男性が、高級ホテルの中庭にあるプールサイドで仰向けに倒れているのが警備員に発見されました。
男性は白いバスローブと下着姿で、男性のすぐ側には壊れたスモーキングパイプが転がっていました。
警備員はおおかた酔っ払った宿泊客だろうと思い、声を掛けました。
ですが、警備員が「こんなところに寝ていたら、風邪をひきますよ!」と声をかけた時には、すでにその男性には死後硬直が始まっていたといいます。
男性は午前4時に、到着した救急隊員によって死亡が確認されました。
日本人男性は6階の客室に宿泊していました。
事件か事故か
マスターキーを使って刑事が日本人男性の宿泊していた客室を開けると、テーブルの上に二人分の食べかけが残されていました。
ホテルの記録をたどると、日本人男性は23時10分にルームサービスを注文していました。
刑事の調べで、日本人男性がコールガールを呼んで、二人で食事をしていたことがすぐにわかりました。
コールガールもまもなくして特定されました。
しかしこのコールガールも日本人男性が転落したと思われる午前2時から2時半の間には、とっくに部屋を出ていることがわかりました。
周囲の宿泊客やホテル従業員の中には、誰も争うような音や叫び声を聞いたものはいません。
部屋の中にも、バルコニーの中にも争った形跡はなく、遺族への聞き込みで日本人男性の持ち物が盗まれていたということもありませんでした。
日本人男性の持ち物には高価な宝石があり、宝石もそのまま残っていました。
日本人男性の体内からは、多量のアルコールが検出されるものの、毒物は検出されず、他殺と言う線は捜査上から消されました。
残るは事故か自殺か
アメリカの検視結果
故人の大腿部(太もも)の後ろの部分にあたる「擦過傷」にある皮膚の「バイリング(小さなささくれ)」が見られる。
これは足から頭の方向に向かっており、故人がバルコニーにおいて、足の部分から落ちたと思われる。
この検視結果は、故人が部屋を背にしてプールの方を向いた形で、落下したことを意味していました。
しかしアメリカの検視官の観察結果は、「落下して亡くなったことは確かだが、死亡原因は確定できない」というものでした。
問題は事件後・日本人男性の遺族が訴訟を起こしたことから
日本に残された日本人男性の遺族が、保険会社を相手に保険金を支払えと訴訟を起こしたことがわかりました。
この日本人男性には、保険会社合計6社にわたり、計7億円の保険金がかけられていました。
上野正彦先生は、何度か再鑑定の依頼を受けたことのある知り合いの中年弁護士から連絡を受けました。
その弁護士は今回「保険会社側の弁護人を請け負っている」とのこと。
中年弁護士の見立てでは、「事故を装った保険金詐欺の可能性がる」ということです。
保険会社は遺族への支払いを拒絶したところ、遺族側から訴訟を起こされたというのです。
中年弁護士は若い新人弁護士を連れてきて、上野先生に再鑑定を依頼しました。
弁護士たち二人は、「アメリカの検察官の検視結果が、酩酊状態で男性がバルコニーからズルズルとずり落ちながら、転落した」
と言う鑑定結果を出している以上、それを覆すのは極めて困難であると言います。
上野先生は「資料に目を通してから、再鑑定するかどうかの返事を差し上げる」と言って一度、弁護士たちを返しました。
上野先生は預かった資料を、ソファテーブルいっぱいに並べて目を通す癖があります。
それでも足りないときは、床一面に並べます。
検死解剖所見に目を通し、次に遺体写真に目をやりました。
上野先生は思わず声を上げました。
「これはずり落ちてなんかいない!飛び降りている!」
上野先生が日本人男性を「飛び降りた」と判断した根拠
アメリカの検視官が日本人男性の太ももの「擦過傷」と鑑定していたのは、「辺緑性出血(へんえんせいしゅっけつ)」というものでした。
辺縁性出血とは
コンクリートのように堅いものに人間が打ち付けられた時に、固い骨の部分が縦に白くなるのに、骨の両側は赤く出血します。
これを辺縁性出血と言うそうです。
日本人男性はどのように飛び降りたのか
太ももの裏にあったこの辺縁性出血が示すとおり、アメリカの検察官が鑑定した「バルコニーに腰かけたまま、酩酊状態でズリ落ちた」ということは覆されました。
太ももの裏に辺縁性出血があったと言うことは、この日本人男性はバルコニーにつかまり、体の前面を建物側に向けて、
片足をまずバルコニーの下に下ろし、もう片足でバルコニーの壁を蹴って勢いをつけて飛び降りたことを示していました。
何よりもズルズルと落ちたのなら、建物の真下に遺体があるはずだが、
遺体はホテルの建物から2メートルも離れていた所に、しかも「仰向けで」横たわっていたのですから。
よって太ももの裏にあった辺縁性出血は、災害事故ではなく日本人男性の自殺ということを物語っていました。
ホテルの客室から転落死した男性。死の真相とは?監察医・上野正彦の再鑑定はいかに!?のまとめ
以上、ホテルの客室から転落死した男性の死の真相についてご紹介しました。
この事件と上野先生の再鑑定の結果から、日本人男性の死の真相は、「本人と遺族が仕組んだ、事故を装った保険金詐欺事件」ということになります。
日本人男性の死の原因は「自殺」なのですから、保険会社6社には当然保険金を支払う義務はありません。
上野先生の「死体鑑定医の告白」には、裁判の結果までは言及されていません。
しかし当然上野先生の再鑑定の結果が裁判で証言されたことを考えると、日本人男性の遺族は敗訴したと思われます。
死亡時には高価な宝石も所持していたという男性。
その男性の遺族も、男性の命と引き換えに7億円も手にいれて何に使おうとしていたのでしょうか。
元東京都監察医医務院長・医学博士。
1929年茨木県生まれ。
東邦医科大学卒業後、日本大学医学部法医学教室に入室。
59年東京都監察医務院監察医となり、84年に院長となる。
30年にもわたり、変死体の死因解明に努め、浅沼稲次郎事件、三河島列車二重衝突事故、ホテルニュージャパン火災、日航機羽田沖墜落事件などを担当。
2万件以上の検視と解剖を行う。
89年東京都監察医務院退官後に出版した「死体は語る」(時事通信社)は65万部を超える大ベストセラーとなった。
現在は法医学評論家、作家としてテレビや雑誌などで活躍するとともに、死体の再鑑定を年間300件以上請け負っており、度々逆転裁判を勝ち取っている。
これらは「上野鑑定」と言う言葉が生まれるほどの実績を残している。
ー主な著書 ー 「死体は切なく語る」、「死体は悲しい愛を語る」(小社刊)、「監察医の涙」(ポプラ社)、「監察医が書いた死体の教科書」(朝日新聞出版社)など多数。
