人物

三浦砂織(元女子アナ)が秘境で営む生活とは?ザンジバル島はどこ?

こんにちは!!なぎさです(*‘∀‘)

ご訪問ありがとうございます!!

女子アナウンサーという職業を捨て、タンザニアの秘境ザンジバル島という島で、リゾートホテルを経営している三浦砂織さんをご存知でしょうか。

今回は三浦砂織さんとタンザニア・ザンジバル島などについてご紹介したいと思います。

スポンサードリンク

三浦砂織さんとプロフィール

1959年生まれ。北海道出身です。

30年前に、和歌山放送のラジオカーという番組で、女性リポーターとして活躍していました。

バックパッカーとして様々な国を旅している時に、現在お住いのタンザニアのザンジバル島の海の美しさと、人々の優しさに魅了され、1992年(27年前)ザンジバル島にバンガロータイプのリゾートホテルをオープンさせました。

その名もパラダイスビーチバンガロー

美しい自然はそのままに、良心的な価格で、おいしい食事も提供できたら」という思いから、砂織さん自らがオーナーとなって、立ち上げたものです。

ホテルスタッフは、砂織さん以外は、現地の人々で運営されています。

現地タンザニアの価格としては、破格ですが、日本人が払う料金としては、良心的なお値段で食べることのできる、おいしい料理が自慢です。

また、真っ白な砂浜と水色から緑、濃いブルーへと変化する美しい海のグラデーションを楽しむことができます。

ツイッターに多数の口コミがありましたので、その一部を紹介します。

ザンジバル島へのアクセス

パラダイスビーチバンガローに泊まるには、6月の平日でブッキングドットコムのホームページにて、1泊7千円ほどでした。

もっと安く1泊5千円くらいのホテルもありましたし、もう少し高く1万円くらいのホテルもありました。

沖縄の目の前に海が見えるビーチリゾートに泊まろうとすると、1泊5万円から9万円、ホテルの最上階ともなれば12万円くらいするので、かなりお得なのではないのでしょうか。

タンザニアの首都ダルエスサラムへは、日本からの直行便はありません

アブダビ乗り継ぎのエディハド航空か、ドーハ乗り継ぎのカタール航空、イスタンブール乗り継ぎのトルコ航空でダルエスサラムまで行くしかありません。

航空チケットの料金を調べましたが、往復で100,000円から120,000円(燃油料込)でした。

ダルエスサラムへの行き方はこちらをどうぞ

ダルエスサラムからザンジバル島へは高速フェリーで約1時間30分かかり、35ドルほどとのことです。

世界1周ブログランキング一位の大樹さんの素敵なブログで、ザンジバル島とパラダイスビーチバンガローの様子がわかります。

大樹さんのブログはこちらです

スポンサードリンク

三浦砂織さんが暮らす、タンザニアとは

正式名称は、タンザニア連邦共和国で、東アフリカ大陸部を表すタンガニーカとインド洋側を表す、ザンジバルとで構成されています。

言語はスワヒリ語で、人口は約80万人。

平均気温は25度で、雨季は4~6月、乾季は12月になります。

日本との時差は6時間。

ポルトガル人の探検家・バスコダ・ガマが1498年に、はじめて上陸されたといわれています。

2011年にはストーンタウンの町並みが、世界遺産に登録されました。

複雑な歴史を持つタンザニア

バスコダ・ガマ上陸後、1698年にオマーン帝国によって支配されるまで、ポルトガル王国に統治されていました。

1880年代にアフリカの各地で紛争が始まると、ドイツ人のアフリカ探検隊・カール・ペータースによって大陸部にドイツ東アフリカ会社の植民地が認可されました。

一方19世紀後半から、インド洋に進出していたイギリスは、1890年7月1日にドイツとヘルゴランド・ザンジバル条約を締結し、ザンジバル領のうち、東の大陸側をドイツが、インド洋側の西側をイギリスが統治することになりました。

第一次世界大戦で、ドイツの敗戦により、ドイツ領東アフリカは解体され、イギリスの委任統治領タンガニーカ(現在はタンガニーカはありません)になりました。

もう一方で、東北部のルアンダ・ウルンディはベルギーの委任統治領となりました。

1961年タンガニーカがイギリスの合意の下で、独立すると1963年頃からザンジバル王国も主権を主張し、独立を果たしました。

1964年1月にザンジバル革命が勃発し、国王が亡命してザンジバル人民共和国が成立しました。

タンガニータとザンジバルは※パン・アフリカ主義の下、1964年4月26日にタンガニーカ・ザンジバル連合共和国となりました。

その後、両国の地域の文化の象徴であるタンザニア文化の名称をとって、タンザニア連邦共和国と改名しました。

※パン・アフリカ主義とは、初代タンザニア連合共和国大統領のジュリウス・二ウレレが訴えた、アフリカ大陸や世界各地に散らばっているアフリカ系の住民の解放と連帯を訴えた思想であり、アフリカ諸国独立への精神的母体となっています。

三浦砂織さん・まとめ

今回は三浦砂織さんと砂織さんの住むタンザニア・ザンジバル島について、ご紹介しましたがいかがでしたか。

ザンジバル島への旅行は、何泊するかにもよりますが、意外に安くいけることが判明しました。

おいしいお料理を堪能し、美しい海を眺めながらボーっとするのもいいですね。

笑顔で迎えてくれる沙織さんと、ザンジバル島の人々に会ってみたくなりました。

沙織さんには、これからもザンジバル島で、マイペースにパラダイスビーチバンガローを経営していってほしいですね。

スポンサードリンク
ABOUT ME
なぎさ
千葉県在住。 二人の男の子のシングルマザーです。 週5日、都内のクリニックで働いています。 好きなものは、息子、音楽、南の島、ネコ、鼻ぺちゃ犬、マンガ、映画館、空港、腕時計。 どうぞよろしくお願いします(*‘∀‘)