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ユーバーリンゲン空中衝突事故で原因となったのは管制官のミス!?

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こんにちは!!なぎさです(*‘∀‘)

2019年5月23日(木)、奇跡体験!アンビリバボー2時間SP 一つの事故により未来を失った二つの家族が放送されます。

史上最悪の航空機事故とも呼ばれる、2機の空中衝突事故はどのような経緯でおこったのでしょうか。

今回はユーバーリンゲン空中衝突事故について、ご紹介したいと思います。

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ユーバーリンゲン空中衝突事故とは

2002年7月1日に、ロシアのバキシール航空2937便(乗客・乗員69名)とバーレーンのDHL611(定期貨物便・搭乗者は機長・副操縦士の2名)が、ドイツのユーバーリンゲン上空で衝突した事故のことです。

出発地はロシア連邦内バシコルトスタン共和国・ウファ

搭乗者のほとんどは、ウファの小学生が卒業旅行をかねて、スペイン・カタルーニャ地方のリゾート地で休暇を過ごす予定でした。

引率者と小学生はで6月29日に陸路でモスクワに到着し、同日中にスペイン・バルセロナ行きの定期便に乗る予定でした。

しかし、定期便に乗り遅れてしまったため、急遽2937便をチャーターしてスペインに向かうところでした。

DHL611便はバーレーンの貨物会社で、乗員は機長と副操縦士の2名のみでしたが、ベルギーのブリュッセルに向かっていました。

2機が衝突した上空は、ドイツ・バーデン・ヴェルテンベルク州でスイスの管制区域となっていて、当時もチューリッヒにある民間航空管制会社・スカイガイド社によって管制が行われていました。

管制は通常2人態勢で行わなければいけないところ、1人は休憩中だったといいます。

この時、一人残された管制官はドイツ・バーデン・ヴェルテンベルク上空と、ドイツ南部フリードリヒスハーフェン空港への進入管制を同時に行わなければなりませんでした

普段であれば、管制センター内に備え付けてある接近警報装置(コンフリクト・アラーム)が担当している領域内で航空機同士が接近すると、警告を発することになっていましたが、この日は警告を発するアラームが機器点検のためオフになっていました。

重ねて、フリードリヒスハーフェン空港に遅れて到着する便があり、管制官は進入管制のために5分間かかりっきりになってしまいました。

管制官がと611便の異常接近に気づいたのは、衝突わずか50秒前でした。

TCAS(空中衝突防止装置)とは

航空機同士が空中衝突する危険を抑える目的で開発された、航空機用のコンピュータ制御システムです。

TCASは、航空機同士でお互いに確認し合うので、TCAS同志が間違えることはありません。

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管制官は双方の航空機に下降の指示をした!?

 

衝突36秒前に611便のTCASは降下2937便は上昇を示していました。

しかし、管制官は2937便に降下に指示をしてしまいます。

パイロットはTCASだけでは、近づいていることがわかっても、どれくらいの高度で近づいているかは正確にはわかりません。

611便はTCASの指示に従って降下し、2937便は管制官の指示に従って降下してしまいます。

2937便が管制官の指示に応答がなかったため、さらに衝突29秒前には管制官は2937便に降下の指示をしました。

衝突18秒前には、611便のTCASはさらに緊急度の高い降下率増加警報を発しました。

もちろん611便はTCASに従いました。

611便は管制承認高度を無視した高度で緊急降下中であることから、管制官に伝えようとしましたが、管制官も2937便に611便が急接近していることを連絡している最中で、伝わりませんでした。

管制官はTCASの指示が、2機にどのように出ているかはわかりません。

611便から連絡がないことから、管制官は611便が管制承認高度である36,000フィートを維持しているものと信じて、2937便にさらに降下の指示をしてしまったのです。

そのため、管制官は2機とも降下していることに最後まで気づくことはありませんでした。

2937便が降下したとの連絡を受けた管制官は、611便の状況を確認もせずに衝突8秒前にフリードリヒスハーフェン空港の進入管制に戻ってしまいます。

こうして611便の垂直尾翼が2937便の胴体を分断する形で、空中衝突しました。

2937便は空中分解し、611便は操縦不能となって2分間飛行を続けた後、7Km先の森林に墜落しました。

生存者は一人もいませんでした。

ユーバーリンゲン空中衝突事故後

ユーバーリンゲン空中衝突事故がおきる前年の2001年に羽田発那覇行きのJAL907便と釜山発成田行きの958便で、管制の指示ミスによる片方がTCASを信じTCASに従い、片方は管制を信じて衝突を回避しようと飛行した結果、空中で衝突する寸前のニアミスが起こっていました(日本航空機駿河湾上空ニアミス事故)。

この教訓が1年半以上も生かされないまま、ユーバーリンゲン空中衝突事故がおきました。

この事故後、スイスレーダーの安全性を向上させるための対策がなされました。

加えて、TCASと管制官の指示が違う場合は、TCASの指示にしたがわなければならないという国際基準が設けられました。

事故の航空機を担当した管制官は、事故後に退職しました。

2004年2月24日に、事故で家族を亡くした遺族に対する謝罪もなかったことから、事故で家族を亡くしたロシア人建築士に自宅前で刺殺されました。

ロシア人建築士は2004年に刺殺事件をおこすまで、家族のお墓の前で、ほとんど毎日過ごすというような精神的おいつめられた状態でした。

ユーバーリンゲン空中衝突事件後の物語が、映画になったものがあります。

 

まとめ

今回はユーバーリンゲン空中衝突事故についてご紹介しましたが、いかがでしたか。

管制官のミスももちろんなのですが、接近警報装置(コンフリクト・アラーム)を航空機が運行している時間帯に点検するんじゃないよと思ったのは私だけでしょうか。

スカイガイド社の管制室のずさんな勤務体制も、問題ですね。

フリードリヒスハーフェン空港に進行してくる便に遅れが出ている便があっていて、いつもよりは緊迫した時間帯だったかと思います。

何故そのような時に、もう一人の管制官はわざわざ休憩に行ったのでしょうか。

組織としての認識のあまさ、個人の気のゆるみなどが重なって71名の尊い命が奪われてしまいました。

空の上で何かあるということは、即を意味しているようのものです。

休憩だとか点検だとか言っていないで、安全を最優先してほしいものですね。

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  • この記事を書いた人

なぎさ

千葉県在住。 二人の男の子のシングルマザーです。 週5日、都内のクリニックで働いています。 好きなものは、息子、ビール、音楽、南の島、ネコ、鼻ぺちゃ犬、マンガ、映画館、空港、腕時計。 どうぞよろしくお願いします(*‘∀‘)

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